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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)4023号 判決 1965年2月08日

原告兼反訴被告(以下原告という)

込山幸一

原告兼反訴被告(以下原告という)

込山ちゑ

代理人

山本粂吉

植田八郎

被告兼反訴原告(以下被告という)

関東菱倉運輸株式会社

代表者代表取締役

免出政雄

代理人

山田弘之助

主文

1  被告は、原告込山幸一に対し金一、〇七〇、四九八円、原告込山ちゑに対し金一、一四四、四一〇円および右各金員に対する昭和三八年八月二七日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  被告の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は、本訴反訴を通じ被告の負担とする。

5  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一本訴請求

原告ら訴訟代理人は、本訴請求につき「1被告は、原告込山幸一に対し金一、一〇二、四九八円、原告込山ちゑに対し金一、一七六、四一〇円および右各金員に対する昭和三八年八月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、昭和三八年四月二四日午後一一時五〇分頃福井県武生市新町一一号二番地先国道八号線路上において訴外森田藤雄の運転する大型貨物自動車(神一う八一九号。以下「被告車」という。)が路上に停車中の訴外株式会社河合謙吉商店(以下「訴外会社」という。)所有の大型貨物自動車(福井す二七五八号、以下「訴外車」という。)に追突し、右事故により被告車に同乗していた訴外込山芳夫は、翌二五日午前一時三〇分頃死亡した。

二、被告は、訴外森田の使用者であつて、右事故は、同訴外人が被告の業務のため被告車を運転中、同訴外人の前方注視義務違反の過失により生じたものであるから、被告は、民法第七一五条第一項本文の規定により本件事故によつて生じた次項の損害を賠償すべき義務がある。

三、(1) 訴外込山芳夫の得べかりし利益の喪失による損害金二、八八四、六九〇円。すなわち、

同訴外人は本件事故当時満二五才(昭和一二年八月八日生)の男子であつて、被告会社の設立当時から運転手として雇われ、死亡当時まで勤務していたもので同訴外人が本件事故に遭遇しなければ、停年の五五才まで、就労可能であつた筈である。しかして同訴外人は、本件事故当時ボーナスを含め一ケ年金四〇〇、〇〇〇円の収入あり、その中生活費として六割に相当する金員を支出していたから、停年までの三〇年間の総収入からその間の生活費総額を控除し、さらにホフマン式計算法により一年毎に民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故当時の一時払額に換算すると、金二、八八四、六九〇円(円未満切捨)となる。従つて、同訴外人は、本件事故によつて同額の得べかりし利益の喪失による損害を受けたものということができる。

(2) 原告らは、訴外込山芳夫の父母として相続により右(1)の損害賠償債権を各二分の一あて取得したところ、労災保険金として、原告込山幸一は、金六八九、八四七円、原告込山ちゑは、金六一五、九三五円を各受領したから、これを控除すれば、原告幸一は金七五二、四九八円、同ちゑは金八二六、四一〇円の損害賠償債権を取得したものということができる。

(3) 原告らの精神的苦痛に対する慰謝料各金三五〇、〇〇〇円。すなわち、

原告両名は、肩書地において田畑一町五反余を所有し、中級以上の生活を営むものであるが、原告幸一は事故当時既に六〇才を超え、また原告ちゑも五五才の年令に達し、将来は芳夫に老後一切の面倒をみてもらうという明るい希望をもつていたところ、かような思わぬ事故のため一瞬にしてその希望は消え去つた。その精神上の苦痛は甚大で、これを償うべき慰謝料として各金三五〇〇〇〇円の支払いを請求する。

四、そこで被告に対し、原告幸一は前項(2)(3)の合計金一、一〇二、四九八円、原告ちゑは、同項(2)(3)の合計金一、一七六、四一〇円および右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三八年八月二七日から完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ、被告の抗弁事実はすべて否認すると述べた。

被告訴訟代理人は、「1原告らの請求を棄却する。2訟訴費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実は、認める。

二、請求原因第二項のうち、被告が訴外森田の使用者で、本件事故は、同訴外人が被告の業務のため被告車を運転していたときに生じたことは認めるも、その余の事実は、否認する。すなわち、

(1)  本件事故は被告車に雑貨を積載して富山から敦賀を通り、羽田に帰る途中に生じた事故であるが、かような遠距離運転の場合被告は、二人以上の運転手を乗せることとしている。本運行については、訴外込山芳夫と訴外森田藤雄を被告車に同乗させたのであるが、前者は被告会社の設立当初からの勤務で運転経歴も長いのに反し、後者は、前者よりも、入社歴が浅いところから、前者を正運転手、後者を副運転手として、遠距離安全運転の責任を前者に委ねたのである。そして途中、睡眠をとる場合は、必らず適当な場所に停止して睡眠をとること、また過労防止のため各人の走行距離が二〇〇粁以上になつた場合は、運転を交替することを指令していた。しかるに訴外芳夫は、右指令を無視して、訴外森田の走行距離が富山から高岡、金沢を経て二〇〇粁を超え、約三〇〇粁に達せんとし、かつ疲労と風邪気味を理由として訴外森田が運転の交替を申し入れたにもかかわらず、これを拒絶して副運転手たる訴外森田に依然として運転の続行を強い、自らは助手席において仮眠を始め、正運転手として副運転手の安全運転を注意監督する義務を怠つたため、遂に本件事故の発生をみたものである。思うに、正運転手と副運転手との関係は、あたかも船舶の船長と船員との関係に類似し、正運転手は、安全運行について部下である副運転手に対し指揮監督すべき義務があり、この義務は、運転交替中といえども免除されるものではない。まして本件事故は、前叙のように訴外芳夫が訴外森田の正当な交替申入を拒絶し、被告会社の被用運転手たる職責を尽さなかつたために生じたものであるから、訴外芳夫の過失のみに基因し、訴外森田には過失はないというべきである。

(2)  しかも被害者である訴外芳夫は、被告の被用者で、被告車の運行については正運転手として業務遂行の責に任ずべき者であつたから同訴外人は民法第七一五条第一項本文に所謂「第三者」に該当しない。

三、請求原因第三項のうち、

(1)  訴外込山芳夫が被告会社の設立当時から運転手として雇われ死亡当時まで勤務していたこと、同訴外人の停年が五五才であつて、本件事故当時ボーナス等を含め、一ケ年金四〇〇、〇〇〇円の収入があつたこと、

(2)  原告らが訴外芳夫の父母であること、労災保険金として原告幸一が金六八九、八四七円、原告ちゑが金六一五、九三五円を各受領したこと、

原告幸一が事故当時既に六〇才を超え、また原告ちゑも五五才の年令に達していたことは、いずれも認めるが、その余の事実は争う。原告らには農業を営む長男一夫夫婦、会社員の二男行夫夫婦のほか会社員として勤務している亡芳夫の姉文子もいるのであるから亡芳夫がいなくても老後の心配はない筈である。

と述べ、

四、仮定抗弁として、

(1)  仮に訴外森田に過失があつたとしても被告は、同訴外人の選任監督について相当の注意をしていたから、損害賠償の責任はない。すなわち、被告は、運転手を選任するにあたつては、常に本人の個性習癖および注意力等について調査を遂げ、運転手としての適否を調査して採用したばかりでなく、採用後においても常に運転手を集めて訓示し、また運転手に十分休養を与えるなど、あらゆる方策を講じて事故防止に努めている。訴外森田についてもこの点の配慮を尽したばかりでなく、被告車の出発に際しては前日他のトラツクに交通事故があつたので、特に安全運転についての指示を与えた。

(2)  仮に右主張が理由ないとしても、昭和三八年五月上旬、原、被告間において、原告らの本件事故による損害賠償請求権を放棄する旨の示談が成立した。

(3)  仮に右主張がいずれも理由ないとしても、本件事故は、前述のとおり、訴外込山の過失もその一因をなしているから、被告は過失相殺を主張する。

と述べた。

第二反訴請求

被告訴訟代理人は、反訴請求につき「1原告らは、被告に対し各自金七九九、八四七円および右各金員に対する昭和三九年五月八日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2反訴費用は、原告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、本訴請求原因第一項(本件事故の発生)の事実の結果、被告所有の被告車および訴外車が破損した。

二、右事故は、訴外込山芳夫の過失によつて生じたことは、前述のとおりであり、被告は、これにより次項の損害を受けた。

三、被告の受けた損害は、次のとおりである。

(1)  被告車の修理代金九二七、一四七円。

(2)  被告車の休業による損害金四五四、四三七円。すなわち、

被告が本件事故直前の三ケ月間被告車を使用して得た純益は、その間の水揚料金六一九、四三七円からガソリン代金六三、〇〇〇円、タイヤ消粍費金一二、〇〇〇円、訴外芳夫の給料金九〇、〇〇〇円を控除した残額金四五四、四三七円であるところ、破損した被告車の修理につき三ケ月の期間を要し、これを運行しえなかつたので、被告は、右と同額の得べかりし利益の喪失による損害を受けた。

(3)  原告らは、訴外芳夫の父母として、右(1)(2)の損害賠償債務を各二分の一あて相続したものというべきである。

(4)  訴外車の損害立替金六〇、八一〇円。すなわち、

訴外芳夫の過失により訴外車の破損を招いたのであるから同人は訴外会社に対し右破損による損害金六〇、八一〇円の賠償義務を負うに至つたもので、同人の死亡により父母である原告らが直系尊属として各二分の一あて右債務を相続したものというべきところ、原告らは、右金員を訴外会社に支払わないので、被告は、原告らのために事務管理としてこれを訴外会社に支払い、よつて同額の費用償還請求権を取得した。

(5)  葬儀その他の費用立替金一五七、三〇〇円。すなわち、

被告は、事故後間もなく事故現場の武生市において訴外芳夫の通夜葬儀を行なうほか、同訴外人の勤務場所である被告会社横浜支店において社葬による告別式を行ない、また郷里における告別式、郷里での法要には会社幹部、有志従業員を参列させ、その費用合計金一五七、三〇〇円をその頃支出した。右費用は、本来葬儀の主宰者である原告らが平等に負担すべきであるから、被告は、原告らに対し各金七八、六五〇円の不当利得返還請求権又は事務管理に基づく費用償還請求権を取得したものである。

四、以上のしだいであるから、被告は、原告ら各自に対し、前項各金員の合計金七九九、八四七円および履行期後である昭和三九年五月八日から完済にいたるまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べた。

原告ら訴訟代理人は、「被告の反訴請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、請求原因第二項の事実は、否認する。

三、請求原因第三項のうち、原告らが訴外芳夫の父母であること被告がその主張のような葬儀を営んだことは認めるが、その余の事実は不知、仮りに被告が(5)の費用を支出したとしても、被告は右費用を原告に贈与したものである。

と述べた。

第三証拠<省略>

理由

第一本訴に対する判断

一請求原因第一項の事実(事故の発生と訴外芳夫の死亡)および第二項(責任原因)の事実のうち、訴外森田の過失を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

二(1)  そこでまず訴外森田の過失の有無につき審究するに、<証拠>を総合すれば、本件事故の現場は、北方福井より南方敦賀に通ずる巾員一三米(中央九米の部分はコンクリート舗装)の直線平坦な一級国道上であつて、夜間においても附近の広告灯および店灯による照明により明るく、かつ障害物もないため見とおしの良好なところであること、訴外森田は、本件事故の当時被告車を運転して北方より南方に向い、時速約五〇粁の速度で進行し、事故現場附近にさしかかつたところ、約三〇米前方左側路上に駐車中の訴外車を認めたが、そのままの進路を進行し続けるうち、一瞬睡魔に襲われたためか、顔が下向きになつたので体を起そうと胸を張るようにして姿勢を正した途端、直前に訴外車が目に映り、反射的に急制動の措置をとつたもののこれをかわし得ず、そのまま被告車の前部を訴外車の後部右側に追突させてしまつたことが認められる。前記証人の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は訴外森田が前方注視義務を怠つた過失により生じたことは明らかである。被告は、訴外芳夫が被告車の正運転手として森田に対し船舶における船長に類する注意監督義務を有するのに、これを怠たり、過労と風邪気味のため運転の交替を申出た訴外森田に運転の続行を強いた過失が本件事故の原因である旨主張するが、訴外芳夫に本件事故発生について過失があるか否かは兎も角として(この点後述)、被告の被用者である訴外森田に前記認定のような過失がある以上、被告は民法第七一五条第一項本文の規定により、使用者として本件事故により生じた損害の賠償責任を免れるものではない。

(2)  次に被告は、訴外芳夫が被告の被用者で、被告車の運行につき正運転手としての職責を負つていたことを理由に、同訴外人は同条に所謂「第三者」に該当しない旨主張するが、同条は第三者の範囲につき何らの制限を加えていないから、ここにいう第三者とは使用者および加害行為をなした被用者以外のすべての者を指称すると解するのが相当であり、(最判昭和三二年四月三〇日民集一一巻四号六四六頁参照)、この点に関する被告の右主張は、独自の見解に属し、採用できない。

三そこで被告の抗弁について考えてみるに、

(1)  被告は訴外森田の選任監督について相当の注意をした旨主張するが、<証拠>を総合すれば、被告は、従業員の就業に関する事項について就業規則を制定し、従業員に対し上長の指示に従い職場秩序の保持および安全に関する諸規定の遵守を義務づけているほか、業務課長佐藤武義をして運転手と自動車の運行関係の監督に当らせまた本件運行(羽田、富山間の往復)については訴外芳夫を正運転手、訴外森田を副運転手と定め、出発に際しては車体の点検、運転手の身体の異状の有無を確かめ、さらに運行中の安全を期するため、制限速度の遵守および走行距離が二〇〇粁に達する毎に運転を交替すること、疲労を覚えた場合は車を止めて二、三時間休息すること、さらに目的地で荷物を降した後なるべく同日は一泊して翌日出発することなどの指示を与えたことが認められるが被告は貨物自動車による運送会社で、本件運行は往復一五〇〇粁を超える長距離運転であるという<証拠>によつて明らかな事実に徴すると前記認定程度の配慮をなしたからといつて欠けるところがなかつたとはいい難く、却つて<証拠>によれば森田は本件事故前二度にわたり交通法規違反を犯し警察の取調を受けたことが認められるのであつて、これによれば、被告は森田の選任監督について相当の注意を尽さなかつたものといわざるを得ないから、被告の右抗弁は排斥を免かれない。

(2)  次に示談成立の点は、<証拠>によれば、原告幸一と訴外森田間において本件事故につき示談書と題する書面三通が作成されたこと、右書面の宛名はいずれも武生警察署長となつて居り、うち一通が同署長宛に送付されたこと、右作成の経過は被告から原告幸一あて文案を郵送してその署名捺印を求め原告幸一がこれに応じた結果成立するに至つたものであること、等の事実が認められ、上記事実に前記原告本人尋問の結果を総合すると本件示談書作成の目的は警察に提出して訴外森田の刑事責任を軽くするためで、右書面の作成に際し被告と原告らとの間においては本件事故による損害賠償に関することは全然話題とならず、原告幸一においても右損害賠償請求権を放棄する趣旨で前記書面を作成したものではないと認めるのが相当である。<証拠>中上記認定に牴触する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、被告主張の趣旨の示談は成立しなかつたものというほかないから、被告の右抗弁は理由がない。

そうすると被告は、民法第七一五条第一項本文の規定によつて本件事故によつて生じた次項の損害を賠償する義務を免れないというべきである。

四、そこで進んで損害について判断する。

(1)  訴外芳夫の得べかりし利益の喪失による損害

訴外芳夫は本件事故当時、被告会社に勤務しボーナスを含め一ケ年金四〇万円の収入を得ていたこと、同訴外人の停年は五五才であることはいずれも当事者間に争いがなく、右事実に<証拠>を総合すれば、訴外芳夫は本件事故当時満二五才八月(昭和一二年八月八日生)の健康な男子であり、右年令の男子の平均年令は四四、〇九年であるから(厚生大臣官房統計調査部刊行第一〇回生命表参照)、訴外芳夫が本件事故に遭遇しなければば、右平均余命期間生存することができ、その間五五才の停年に達するまで少くとも事故後二九年間は被告会社において就労可能であると認めるのが相当であり、また同訴外人が生活費として収入の六割に相当する金員を要していたことは原告らの自認するところであるから、事故後二九年間の前記年収に基く総収入からその間の右割合による生活費総額を控除し、これにより得られた純収入総額をホフマン式計算法により一年毎に民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して本件事故発生当時の一時払額に換算すると金二、八二〇、六九〇円(円未満は切捨)となる。

以上の結果は控除した生活費が収入の六割にも及びまた将来通常期待できる昇給、増収をも考慮することなく右訴外人の死亡当時の収入を基準として算出したものであるから控え目な数値ということができ、従つて将来の生活費の上昇を考慮しても同人は本件事故により上記金額に及ぶ得べかりし利益の喪失を来し、同額の損害を被つたものと断じて妨げないと考える。

(2)  原告らが訴外芳夫の父母であることは当事者間に争いがなく、訴外芳夫が独身であつたことは原告幸一本人尋問の結果により明らかであるから原告らは芳夫の相続人として芳夫の右損害賠償債権を二分の一あて相続により取得したと認められるところ、原告らは労災保険より右のうちに原告幸一は金六八九、八四七円、原告ちゑは金六一五、九三五円あて夫々保険金を受領したと自陳するから、結局これを夫々控除した残額即ち原告幸一は、金七二〇、四九八円、原告ちゑは金七九四、四一〇円の損害賠償債権を被告に対して有するにいたつたものというべきである。

(3)  原告らの慰謝料

本件事故当時、原告幸一が六〇才、原告ちゑが五五才に達していたことは当事者間に争なく、<証拠>によれば原告らは幸一の実母、長男一夫夫婦および孫三人とともに肩書地に居住し田畑一町五反を有し農業を営んでいるところ、突然芳夫の訃報に接し、急遽原告幸一は長男、甥と連れ立つて福井県に赴き、現地における葬儀に参列したが、その悲しみはいうまでもなく、殊に訴外芳夫は幼児より性格の素直な、おとなしい子で、月収の中から両親の許に年七、八回一回七、八〇〇〇円の仕送りを続け、また同訴外人の縁談も進んでいて遠からず挙式の運びであつたが、本件事故によつて一瞬のうちに若い生命を奪われてその予定も水泡に帰し、このため原告ちゑは食欲も失うほど悲嘆にくれたことなどの事実が認められ、右事実と本件事故の態様など、諸般の事情を斟酌すれば、<証拠>によつて認められる被告が芳夫の死に対した格別な弔慰を示した事実を考慮しても、なお原告らが訴外芳夫の死亡によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料の額はその主張する各金三五万円を下らないものと認めるのが相当である。

五、そこで次に被告の過失相殺の主張について考えることとする。

<証拠>によれば本件事故は森田が往路金沢で交替して運転を担当し、目的地富山で折返した後復路に移りその運転距離二八二粁の地点で発生したものであること、芳夫および森田はその出発に際し被告会社業務課長佐藤武義より二〇〇粁ごとに運転を交替するよう指示を受けたことが認められる。しかし<証拠>によれば出発後の運行経過は最初の羽田、島田間二一七粁を芳夫が、次の島田、岐阜間二〇五粁を森田がその次の岐阜、金沢間二七一粁を再び芳夫が担当しこれを承けて森田が前記本件事故発生区間を担当するにいたつたこと、その間七ケ所において二〇分ないし二時間三〇分の食事、休息または仮眠時間をとつて運行を続けたこと。右両名が一組になつて富山への長距離輸送に従事したことはこれまで数度に及ぶことが認められ、これらの事実と当裁判所に顕著な長距離輸送の実情を併せ考えると右の指示は長距離運送の安全を期するための一応の目安としての指示にとゞまり、単に機械的に右粁程による交替を義務づけるものではないと解するのが相当で、両名が夫々の体力、健康状態、疲労度、運行状況などに応じて右粁程を大凡の基準として適宜交替し運転の安全を期することは両名の裁量に委ねられたものというべく、従つて森田の運転距離が二〇〇粁を超えたにもかかわらず芳夫が交替しなかつた一事をとらえて、本件事故につき芳夫に過失ありとなし得ない。

また、<証拠>によれば当夜一〇時頃停車して夕食した際森田が風邪気味のため運転の交替を申し入れたが芳夫がこれに応じなかつたことが認められる。しかし<証拠>を総合すると、当時の森田の身体状況は正常運転をなし得ない程のものではなく、また森田が交替を申し入れた時点においてその運輸距離は未だ前記一応の目安である二〇〇粁に達して居らず、芳夫はその前に二七一粁の運行を担当したことおよび森田の運転開始後富山において一時間二〇分に及ぶ休息をなしていることが認められるのであつて、これらの事実に照せば、芳夫が森田の交替申入に応じなかつた点も過失と評するに足りないというべきである。なお被告は芳夫は右交替申入を拒絶して森田に運転の続行を強いた旨主張し、前記<証拠>には右主張に副う趣旨の供述記載が存するが、<証拠>によつて認められる本件運行にあたり芳夫が正運転手、森田が副運転手ではあつたが両名は平素極めて緊密な間柄で、年令は森田が一年余高く、入社歴も僅か半年の差にすぎない事実に照せば、右供述記載はたやすく措信できず、他に前記の被告主張を認めるに足りる証拠はない。さらに<証拠>によれば芳夫は富山を出発して間もなく助手席において仮眠を始め本件事故の際も睡眠中であつたことが認められるが、<証拠>によつて認められる従前同人らが従事した長距離運送に際しても交替者は交替時間中睡眠、休息をとつていたことおよび当裁判所に顕著な長距離輸送の実情に鑑みると、長距離運送を二人で交替してなす場合、特に深夜にあつては、危険に際し運転担当者からの要請がある場合など特段の事情のないかぎり一方が運転中他方が自己の当番に備えて休養、睡眠をとることは許されるところで、この理は正運転手たる者についても同断というべく従つて芳夫が本件事故当時睡眠中であつたことをもつて過失ということはできない。

これを要するに森田としては真に疲労を覚え健康状態に照らし安全運転の遂行に困難を感じたならば速かに適宜停車して自ら休息、仮眠してその回復を図るかまたは強くその実情を述べて交替を申し入れるべきであつたというべきで、本件事故はことここに出でずして漫然進行を続け、前方注視義務を怠つた同人の過失により惹起されたものというべく、芳夫には本件事故につき何ら過失は存しないというほかない。

よつて過失相殺の主張は採用できない。

六、以上の次第で、原告らの本訴請求中、被告に対し、原告幸一が第四項の損害金合計金一、〇七〇、四九八円、原告ちゑが同項の損害金合計金一、一四四、四一〇円および右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三八年八月二七日から完済にいたるまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとする。

第二反訴に対する判断

一、反訴請求原因第一項(本件事故の発生と被告車、訴外車の破損)の事実は当事者間に争いがない。

二、しかして、被告の反訴請求のうち、反訴請求原因第三項の(1)(2)(4)の各損害はいずれも本件事故につき訴外芳夫に過失の存することを前提とするものであるところ、前叙のとおり、本件事故はもつぱら訴外森田の過失に基因するものであつて訴外芳夫の過失によるものとは認められないから、右各損害の請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないというべきである。

三、さらに被告が訴外芳夫の死に際し、その主張のような通夜、告別式を挙行しまた郷里における法要に会社幹部等を参列させ、それらの費用として合計金一五七、三〇〇円を支出したことは、<証拠>によつて肯認しうるけれども、被告会社横浜支店における同人の告別式が社葬としてなされたことは当事者間に争なく、前記の費用中には本来の葬儀費用のほか被告会社の役員従業員の旅費交通費、電話料等などが含まれていることおよび被告が右の費用を支出するに当つては返還を期する意図のなかつたことは<証拠>によつて認められるところであつて、これらの事実によれば右の支出は被告会社の業務遂行中に不慮の死を遂げた芳夫を悼んで、被告において自己の負担として自発的になした出捐と認めるのが相当である。してみれば右の出費を原告らのための事務管理若しくは不当利得としてその返還を求めることはできないものというほかないから、反訴請求原因第三項(5)の請求も理由がない。

四、よつて被告の反訴請求はすべて理由がないから失当として棄却すべきである。

第三結論

以上の次第であるから本訴および反訴の訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条但書の各規定、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の規定を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官鈴木潔 裁判官吉野衛 梶本俊明)

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